ゲーミング・カジノを施行しようとする為政者が考える「政策目的」と民間事業者が営利事業として捉えるカジノの「事業目的」とは時としてお互いに矛盾する側面があり、かつ各々の内部にも矛盾する側面を抱えていることがある。
ゲーミング・カジノを実施する政策目的とは、カジノの施行に関する売り上げを伸ばし、消費を活性化させ、その結果として税収や経済効果を社会全体として享受することにある。この目的に疑念の余地は無い。一方かかるゲーミング・カジノを実施することは、国民や地域住民の射幸心を煽り、賭け事を推奨することに繋がり、これが政府の施策として適切といえるのかという議論は常に生じ、また公的主体がかかることを推奨することは倫理的に如何なものかとする議論も常に存在する。かかる理由により、一方では賭博施行を認め、国民による賭博消費を進める積極的な施策がとられるのだが、他方では、これにブレーキをかけるような広告規制や攻撃的なプロモーション規制がとられたり、顧客に対しても賭け金上限規制や入場規制などの需要抑制策が平行的に施策として実践されたりしてしまうことが多い(賭博行為を進める行為とは、射幸心を煽る行為となるが、例えば年末ジャンボ宝くじや**記念の競馬等の積極的なTV広告やプロモーションを行う行為をいう)。広告を制限し、顧客の行動を抑止する施策をとることは、需要を抑制することでもあり、当然結果的に顧客の支出を制限することに繋がる。市場規模も縮小され、かつ事業者の収益レベルも、またこれに伴う税収も、副次的な経済効果も低くなってしまうことに繋がりかねない。政策的には、このように賭博施行とは常に二律背反的な側面を保持しながら施行されることが多い。両方のバランスをとりつつ、この前提で本来の政策目的たる税収や経済効果をできる限り最大化することが求められているといってもよい。
一方、面白いことに、ゲーミング・カジノを実際に施行する民間主体にとっても、やはり内部的に矛盾した側面が存在する。営利事業としてのカジノの目的とは、如何に顧客に対し魅力あるサービスを提供し、顧客満足度を高め、かつ彼らが再度リピーターとして再訪し、安定的な顧客層としてこの施設における消費を継続的に行うことを実現するかにある。できる限り多くの固定客を招請し、これら顧客がより多く支出し、より長く施設に滞在し、支出するように、マーケッテイングや営業努力を行い、売り上げを上げること(即ち顧客により多くの金を賭けさせ、顧客が結果的に損失することを意味する)が、企業としての当然の利潤追求行動でもあり、企業目的ともなる。単純に売り上げを上げるだけならば、顧客に対し射幸心を煽る行為や攻撃的なマーケッテイングを実施すれば、顧客は集められ、利潤は短期的に上がるかもしれない。一方、制度的にあるいは社会的に、過度の射幸心を煽ることは適切ではないという規制がかかることがあると共に、施行者自身が地域社会においてより安定的、継続的な営業体制を保持するためには、地域社会の関心事にも配慮した営業戦略や経営戦略をとるべきとする考え方も極めて重要な経営戦略や経営上の施策になりつつある。これは明らかに、自らの営利努力や利潤追求動機に対し、自らの意思により一部ブレーキをかけることを意味し、適切なバランス感覚の中で事業戦略を考えざるを得ないことを意味している。過度な行動を自ら抑止しつつ、かつ収益を最大化するという矛盾した行動の中で、様々なステークホルダーの要請を満たすことが求められていることになる。
シンガポールでは2010年春以降、新たなカジノの施行が実現したが、地域住民の賭博への参画を抑止し、規制する制度が(カジノが実現する前から)予め措置されている。即ち、内国人に関しては入場に際し、高い入場料(ないしは年間会員料金)を課すことを制度的に取り決め、内国人による賭博需要を抑制する施策をとった。税収向上や安定的な経済効果を期す場合には、地域住民を含めた安定的な地域需要があった方が、不安定要因が無くなり、明らかに事業性は向上する。もっともシンガポール政府の政策的な考えは、ある程度の国内需要抑止策をとっても、安定的な国内需要は存在するという立場にたっており、かつ政策的に外国人観光客、VIP顧客を優遇し、消費の最大化・税収増を図るというスタンスをとっている。単純に抑制するだけでは失敗する。かといって、社会的問題を引き起こしかねない過度の営業努力も問題であり、これら努力がうまくバランスされていることが要求されることになる。ここに、現在のシンガポールによる統合リゾート(IR)の成功の最大の理由があるといっても過言ではない。