マフィアをカジノから放逐するためには、カジノ賭博施設の所有と運営に関わりうる全ての者(即ち、施行者、その株主、また従業員)にライセンス(免許)取得義務を課し、これを厳格に運用することにより、参入に不適格な者を排除すればよいとしたのが1955年の「ネバダ州ゲーミング管理法」でもあった。頭で考えれば、確かにそうなのだが、現実はそんなに単純に事は運ばなかった。適格性を厳格に審査し、明らかに不適切な者の参入を排除するという考え方だけではだめで、まともな人間の裏にマフィアが隠れてしまい、表からは見えにくい支配も可能だったからである。カジノ・エンターテイメント業自体が小さな資本で、限られた存在であった為に、組織悪の侵食があらゆる側面に行き渡ってしまったというのが、昔のネバダ州の現実であったのであろう。何が問題であったのであろうか。
施行者が企業である場合、その企業の所有者は株主となるが、1955年ネバダ法に記載があった如く、 もし全ての株主がライセンス取得の対象になるならば、例えば株主が数千以上となる上場企業の場合には、申請行為は不可能に近い。これでは大会社や上場企業は全くこの業に参加できないことを意味する。カジノ企業の株主とは個人ないしは複数の個人から構成され、これら株主としての個人が施行の責任を担うべきという図式が当初の実態でもあったので、かかる規定が当然のように定められたという背景があった。中小規模の単純賭博施設が当時のカジノのイメージでもあったのであろう。但し、これでは発展の可能性はない。施設の大型化、サービスの多様化が志向されるに伴い、新たな施設整備の為の資金需要も大きくなっていった。一方、当時、かかるリスクのある事業に通常の銀行は資金を貸し出さなかった(資金調達手段に、大きな制約があったことになる)。ここにも犯罪組織は目をつけることになる。実際に起こった事象とは、限られた数の極めてクリーンな株式所有者が表の申請者、施設の所有者・運営主体になり、犯罪組織がこの裏に隠れて、当初の施設整備資金を裏から拠出し、施設を整備することにより、経営者や従業員を操り、売り上げをかすみとったわけである。裏に隠れていれば、これではいくら表だけを審査をしてもその効果は無い。一方、カジノ施設が限られた数の所有者の持分により支配されるという根本的な構図では、そもそも新たな施設更新や整備に必要となる巨額の資金も効率的に調達できるものではない。
この状況を根本的に変えることができたのは、14年後の1969年に制定された「ネバダ州企業ゲーミング法」である。この法により、企業の場合にはその株主支配権に着目し、(議決権のある)10%以上の発行済み有効株式を持ち、経営に実質的に影響力を行使できるとみなされる主体のみが個別のライセンス取得が必要な対象となった(正確には5%以上の発行済み有効株式を保持する主体は、報告義務が課せられ、このうち10%以上になると個別ライセンス取得が義務づけられる)。即ち、一般株主はライセンス申請とは関係がなくなったことになる。これが財務的にも経営的にも健全な、全く悪に染まっていない上場企業がこのエンターテイメント業に参入できるきっかけとなった。上場企業は多様なステークホルダー(株主、外部役員、監査人、証券取引委員会等)による監視を受けており、その透明性は極めて高い。かつまた、名声も財務力も、新たな発展余力も金融市場からの資金調達力もある以上、これら上場企業が参入することにより、施設整備に関わる新たな資金調達能力がカジノに付与されたことになる。事実、1970年代から1990年にかけて建設された大型カジノ複合施設はウオール街が関与した組織的な資金調達により初めて可能になったもので、犯罪組織が単体のみでは到底調達できない規模の投資金額ともなった。カジノ施設の大型化、複合化、機能の多様化は、必要となる資金調達の巨額化という意味でも、上場企業の参画を更に促すことになり、これが結果的に(犯罪組織を駆逐し)、エンターテイメント産業としてのカジノの健全性と社会的地位を高めることに繋がったわけである。
このネバダ州の経験をもとに、その後に策定された米国の様々な州のゲーミング・カジノ法制、あるいはその他の国々で制定された類似法令も、基本的にはこのネバダ方式を踏襲し、一定率の有効な発行済み株式をもった主体のみを個別のライセンス取得義務者と定義し、いわゆる一般の株主に対してはかかる要求を設定していない。株式が投資家に分散されればされるほど、経営と所有の分離が進むことになる。一方、経営者並びに主要管理者、従業員は従前と同様にライセンス(労働許可)取得が必要で、厳格な審査対象となるが、余程の事情がない限り、一般株主は基本的には何らの規制の対象にはならないわけである。
米国、欧州、豪州における現代社会における主要なカジノ・ゲーミングの運営事業者は上記の様な背景のもとに発展してきており、その主要な会社はいずれも各国におけるエンターテイメント業としての上場会社でもある。またその整備資金は直接的・間接的金融市場がこれを支えている。ここには最早犯罪組織の影を見ることは無いといっても過言ではない。