カンサス州は、2007年にゲーミング・カジノ制度が創設された米国の州になるが、制度の中で州政府自身が自ら積極的な賭博依存症対策に関するイニシアチブをとる規定を設けるという極めて斬新的な手法をとっている。米国の他州においても、様々な手法により、賭博依存症への対応や財政支援の枠組みが実践されているが、①重要性は認識しながらも、実際の対応は民間事業者による自主的な判断と、資金拠出にこれを委ねたり、②制度としての予防策、治療・カウンセリング、依存症患者への対応措置等を規定するが、その資金拠出やプログラムの実践は基本的に民間事業者の自主的な判断に委ねたり、③あるいは税収の一定部分や一定金額を特定目的のための支出として規定することを規則等で取り決め、政府の役割はこれらを補助金として配分したりすることのみというケースが過半でもあった。まず税収確保、規制費用の補てんが一義的でもあり、社会的な危害を縮小化するための施策の策定や支援は、どうしても不十分になってしまい、一定の対策予算を確保し、補助金等を交付するアプローチが主流とならざるを得なかったという事情がある。一方、政府自身が自らの責任として組織を設け、より積極的な対応施策を財源と共自ら策定し、実践に関与するという考えは、米国では新しい考えになり、カンサス州に続き、ペンシルベニア州やカリフォルニア州でも類似的な組織化とイニシアチブがとられている。
2007年に制定された「カンサス州拡大ロッテリー法」(法案SB66号Kansas Expanded Lottery Act)は、州内に四つのVLTカジノと二つの競馬場及びドックレース場へのVLTカジノ併設を認める法律となるが、法案策定の過程で、依存症患者対応施策が制度構築の一つの要件となり、法制度の中で州政府の義務としてこれが明確に規定された米国における初めての州になる。
同法は下記を規定する。
① カジノに係わる施行粗収益の2%相当額をカジノ粗収益課税に追加してて徴収するものとし、これを原資に賭博依存症並びに中毒症支援基金を創設し、依存症対応のための運営資金に充当する旨が規定された。推定売上規模から判断すると、これは年1,400万㌦相当額に達し、粗収益に対する率、並びに金額いずれも、全米最大規模の強制的な依存症対応のための税拠出・財源になる。
② 法はこの基金は、賭博依存症のみならず、アルコール依存症、薬物依存症あるいはその他の依存症症状への対応にも支出できるというユニークな規定となっている。現実的にはカジノからの拠出金を主体にしつつ、ロッテリーやビンゴ収益からの任意的な資金拠出をも期待している模様である。資金の使途はかかる依存症患者のカウンセリング、治療等に対する支援、州内の州民に対する賭博行為の影響度に関する調査研究等への支援になり、関連規則として、支援金付与対象者の判断基準、対応策提案判断基準、治療成果判断基準等が既に取り決められている。
③ 対象施策は、予防、公衆に対する認知、調査研究・症状評価、危機対応とヘルプライン、処置と治療、体制の構築等になる。これらプログラムの実践に州政府自身が政策的に関与することになる。
2007年、2008年にかけて州政府は利害関係者を結集させ、依存症対応のためのアライアンスの組成、調整者の雇用、戦略計画の策定等に着手し始めた。この時点では、実際のカジノ施設は実現していなかったが、部族カジノは既に州内に存在していたと共に、隣接州にあるカジノにも州民がいっていたという事実もあり、依存症患者への制度的対応を即刻実施することは避けて通れないという事情もあったのであろう。
この様に、
① 従前にはなかった考え方になるが、米国においても、賭博行為がもたらしうる社会的危害に対する対応策を、制度設計の際に予め考慮し、その対応策や財源、政府の取るべき義務等を法制度の中で明確にすることが新しい趨勢として生まれつつある。
② 類似的な考えを連邦法で規定し、連邦予算の中で、対応省庁を決め、一定の支援枠を予算で付与し、各州のNPOや関連団体に支援金を出してその活動を支援すべき法案を上程し、議論するという動きはある。但し、連邦議会ではまだ賛同を得られるに至っていない(豪州や欧州では、既にかかる考えの制度化、法制化が実現しているが、米国では連邦~国~ではなく、州~地方~が考えるべき事項とする考えが強いという差異がある)。
③ 新たな賭博法制を構築する場合、予めその社会的危害への対応施策を明確に取り決めておくことは、様々な先進国においても、標準的な規範としてようやく採用されつつある。これは米国においても同様である。