賭博裁判所(Gambling Court)とは、治療的司法(therapeutic justice)とか、治療裁判所(Therapy Court)等と呼称される概念・手法の一つで、薬物関連犯罪に関する司法手続きとして設けられた類似的な概念である薬物裁判所(Drug Court)の考えを、賭博依存症にも適用しようとするアプローチである。非暴力的ではない薬物依存を起因とする犯罪行為の場合、伝統的な司法手続きによる判決、刑の執行、更生という手順を踏まずに、裁判所が全体プログラムに責任を持ち、これをフォローする形で、判決・刑の執行を留保し、被告人の同意に基づき治療を実践する。服役よりも更生を重視し、治療を実施することで、再犯の根を絶つことができ、これにより、より効果的な問題解決を図るという考え方になる。この様な考え方を問題解決型法廷(Problem Solving Court)とも呼称する。判決により、被告人を刑務所に収監するよりも、治療をベースとして確実に更生せしめる方が社会全体にとっても、また当該個人にとっても有益になり、社会的費用も縮減できるとする考えに立脚することになる。
この考えを賭博依存症がもたらす犯罪事案にも類似的に提供しようとする考え・手法を賭博裁判所(Gambling Court)、あるいは賭博治療裁判所(Gambling Treatment Court)と呼称する。もちろん物理的にかかる裁判所があるわけではなく、一つの司法手続きを概念的にこう呼称しているにすぎないのだが、一部米国の地方裁判所でかかる試みが実践されている。アルコール中毒や麻薬中毒と同様に、賭博依存症も精神的病理であるとWHOや米国精神医学会が認めている以上、犯罪の根源に賭博依存症があり、かつそれが暴力行為を伴わないもので致命的な犯罪でない場合には、刑を課し、単純に監獄に収監するよりも、その根源にある病理症状を治癒する様々な更生プログラムを強制的に実践させ、更生を図る方が、好ましいというアプローチになる。これにより、①問題が、確実に解決されることになり、②再犯の可能性を縮小化できると共に、③個人及び社会にとっての費用を縮減できるという考え方になる。基本的には薬物裁判所のやり方を踏襲していると判断されるが、薬物裁判所の実践の在り方も、一国の司法制度次第では様々な考え方があるようだ。例えば、治療的司法をあくまでも司法上の判断と量刑から切り離し、一定の刑期を服役した後に、一定期間に亘り、治療命令を課すことで、更生プログラムを実践する手法もある(この場合、これは仮釈放なのか、仮釈放でかかる命令を出せるのか、あるいは当初から判決の一部として構成するのか等という問題も抱える)。あるいは量刑を課さずに、あくまでも司法上の量刑判決の代替案として、直ちに更生プログラムを実施するという手法が取られている国もある。司法と行刑が分かれている司法制度の国では、前者の考え方を治療的手法と呼称している模様である。米国では明らかに後者になる。また賭博裁判所の考え方も後者になる。わが国の司法制度は、制度としては、司法と行刑が明確に分かれる考え方に基づいており、類似的な考えを導入する場合には、司法制度の根幹の議論が必要になる。果たして量刑の代わりに直ちに強制的な更生プログラムを導入することが、司法政策、更生政策上適切か、可能かという課題も抱えることになる。米国の面白さは、かかる司法上の伝統的な考えを逸脱することが司法判事の裁量で実現できることにある(勿論全体の司法制度の枠組みの中でこれができるということであり、なんでもありではない)。2012年わが国でも「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(案)」が国会で審議中だが(2012年通常国会で参議院先議では参議院は可決したが、衆議院ではその後審議未了となり継続審議扱い)、これは薬物依存症患者の犯罪に対し、一部その刑の執行を猶予し、保護観察に付すことで更生を図ろうとする考え方を取り入れるもので、類似的な考えに立脚する法的な措置と考えることができる。
伝統的な司法の考えは、賭博行為への傾斜や賭博行為がもたらす犯罪行為自体も個人の責任感の無さ、道徳感の欠如と捉えている。但し、犯罪を起こし、服役した所で、適切な治療を受ける機会もなければ、病気自体は治らず、問題の解決にはつながらない。賭博依存症の症状がもたらす社会的な秩序を乱す行為、あるいは問題行為(これを英語でGambling DisorderないしはDisordered Gamblingと呼称している)を悪とみなすか、病気がもたらした行為とみなすかの判断や認識の違いもある。病気であるとする判断が無ければ、かかる考え方は成立しない。
この手法の特徴としては、①問題を解決するための手法をただちに実践することができ、裁判所や刑の執行を待たずに、必要な介入・治療の開始ができること、②裁判で犯罪の可否や量刑を争うことなく、予め被告人が最初から罪状を認めることを前提に(被告人外の)非当事者が実質的な判決を選択する手法がとられること、③問題解決のために司法当局が積極的に参加し、介入する手法を取ること、④明確なルールに基づいた治療プログラムと体系化された目標の下に、一定の治療プログラムの履行が強制されること、④裁判官、検察官、弁護人、治療プロバイダー、更生スタッフといった様々な専門家を束ねたチーム・アプローチで問題の解決を図ることなどにある。この考えは薬物裁判所と同じである。