ジャンケットとは、ハイ・ローラー(高額支出顧客)をカジノに呼び込み、顧客の旅行やサービスのアレンジを行うことで、その対価としてハウスから顧客の賭け金総額や顧客の負け金総額の一定率をコミッションとして受領するサービス業である。ジャンケットはカジ事業者にとり、一種のマーケッテイングのための重要なツールでもあり、顧客をカジノへと誘い込む代理人の如き存在と理解すべきであろう。顧客誘致を外部化し、誘致した顧客の消費の中からフィーを払うことになり、カジノ事業者にとっては効率的な売り上げ・収益増の手段の一つとなる。当然のことながら、ジャンケットはゲームのリスクは取らず、かつ顧客に与信行為はしない事が本来の米国等における慣行でもあった。ジャンケットはプリンシパルではなく、あくまでも(カジノ事業者)のエージェント(代理人)でしか過ぎないからである。
一方マカオでは、歴史的な経緯から、かなり特殊な形で顧客誘致のための外部第三者の活用が進展し、現代のマカオのカジノにもまだその遺制がある(米国のジャンケットとは明確に異なるため、これをジャンケットと呼称するか否かには問題もあるが、慣行としてジャンケットという言葉が未だに用いられている。もっとも制度的には現代マカオではこれをVIPルーム・コントラクター/ゲーミング・プロモーターとして定義している)。マカオでは、歴史的にはSTDM社が1980年代に創出したビジネスモデルに付帯した外部第三者の活用でもあり、これは当時下記のような仕組みで運営されていた。
① カジノ施設に区分化された特定の部屋(これをVIPルームという)を設け、このVIPルームをジャンケットに貸し出し、ジャンケットに顧客を誘致させ、当該VIPルームで遊ばせ、リスクと収益をハウスとジャンケットが分担することにより、これを運営する形式をとる。
② VIPルーム、デイーラーはカジノ・ハウスが提供する。キャッシャーはジャンケットが準備し、全ての運営費用はジャンケットが負担する(STDM社は独占企業で下請けは当時制度上禁じられていたため、あくまでもVIPルームにカジノ・ハウスがVIPを呼びよせるという表面的な形式をとった。この意味では、ジャンケットとは契約も法的背景もない、ハウスの裏に隠れたグレーな存在でもあったことになる)。
③ このVIPルームで遊ぶためにしか用いられず、換金できないチップをデッド・チップと呼称するが、これをジャンケットに購入させ、ジャンケットがこれを顧客に融通し、VIPルームで遊ばせる。負ければデッド・チップはハウスに取られるが、勝てば勝ち分は通常のチップで支払われる。このチップを再度デッド・チップの購入に充て、常にデッド・チップだけのポジションとして遊ばせるが、デットチップがぐるぐる回るためにこれをローリングとかローリング・チップとも呼称する。このシステムは、顧客を一定場所に留めさせる効果があり、かつローリングに伴い、顧客賭け金総額や損失を正確に把握することが可能になる。このデータをもとに、一定率の収益をハウスとカジノが分担しあうという考えになる。
④ 通常、ジャンケットはカジノ・ハウスに対し、高額の保証金を積み、毎月一定額のデッド・チップを購入することを義務づけられる。ジャンケットはこれを多数のVIP顧客に売り払うことになるが、売れなければペナルテイーもある。ジャンケットの営業は如何に中国本土や香港から顧客を誘い込み、チップを売り、遊ばせるかにある。この場合、中国本土のVIP顧客に対しては、ジャンケットが与信し、後刻ジャンケットのリスクで債権回収を図るという機能もあり、一定の資本力、資金負担力とカジノ・ハウスとの信頼性が必要とされるビジネスでもあった。ジャンケットは施設賃料を払い、運営費用をすべて負担すると共に、コミッションも得るが、顧客の未払いリスクを抱えることになる。また最終的な収益は55%がSTDM社、45%がジャンケットで分担するという仕組みでもあった。
一見合理的なこのSTDM社が考案した仕組みの問題はジャンケットが効率的に顧客を集客し、チップを売却するために、ジャンケットの配下に幾多のエージェントやプロモーターが無数に寄生し、リスクと収益を分担しあう仕組みが生まれたことにある。この仕組みがSTDM社独占時代のマカオの発展を促した原動力であったといわれている。なんら規制の対象にならない制度上の空白ができたわけで、ここに組織悪が巣食ったというのもマカオにおける歴史的事実でもあった。1992年以降、この無秩序の状態は、段階的に是正されていったのだが、中国本土のVIPを呼び寄せ、彼らに与信を与え、後刻債権回収を図ることは(中国では違法行為になるため)新たな米国系事業者はここに関与できず、結局ここに昔の制度が温存され、昔のままのVIPルームとジャンケット、デッド・チップが形を変え、現在もレガシーとして残っているというのがマカオの現実である(尚、米国諸州の制度では、リスクと収益を分担しあうカジノ・ハウスのパートナーは、ジャンケットとは言わない。これでは単純にカジノ事業者としてのライセンスの対象となる。ジャンケットはあくまでもエージェントであってプリンシパルではない)。
本来ジャンケットとは、正当なサービス業でもあり、合理的な付加価値をもたらしている以上、おかしくはないし、かつその存在は忌避されるべきではない。但し、現代マカオにおけるゲーミング・プロモーターの機能は、カジノ事業者そのものであって、本来カジノ事業者と同等の厳格な規制と監督・監視下におかれるべきだが、必ずしも現実はそうではない。現代マカオでは一部に関して厳格な免許と規制が確かに貫徹しているが、全てに対してではない。ここにマカオの制度の根本的課題がある。