ポルトガル領時代は、規制は殆ど無く、無秩序状態のまま、現実の慣行が定着したことが実態になる。VIPルームというマカオ特有のシステムも、単純には否定できない現実として定着してしまったのだが、マカオの中国への返還に伴い、この過去の遺制を現代マカオのカジノにおいてどう位置付けるかは当初から大きな課題となった。この問題は2002年「特別行政区行政規則第6/2002号ジャンケット・ツアー運営に係わる規制」として規則が整備され、所謂ジャンケットの担い手並びにそのブローカーに対し、資格要件、遵守義務、許可付与条件等が制度として規定された。一定の移行期間を設け、全てのジャンケット並びに関連者のライセンス認可制度を実施し、その適格性を当局が審査して、ライセンスを付与するという手順となったわけである。また、毎年10月に全体総数をレビューし、総数の適切さを管理する仕組みが創設された。尚、2002年4月1日より、「行政規則10/2002号」に基づき、これらジャンケットのコミッション収益に対し5%の課税が実施されている(もっとも多くの場合、例外措置によりコミッション額の40%が無税となり、結果的に3%の固定税率のみとなっている模様である)。尚、これら主体の呼称の在り方は現状では、様々あるが、所謂旧ジャンケットの機能を担った主体をVIPルーム・コントラクター、このエージェントとでもいうべき主体をゲーミング・プロモーターという呼称をここでは用いる。
2012年末時点でライセンスを受けた(所謂リスクを取る主体で認証の対象となる)VIPルーム・コントラクターは235社(澳門特別行政区政府GICB公表データ)、前年比7.3%増で平均すると一つのカジノ施設に約7社ということになる。一方このエージェントとでもいうべきゲーミング・プロモーター(協力者)は認証の対象となっておらず、3,000名から5,000名が存在すると言われている。この結果、不正の温床が完璧に遮断される制度となったかに関しては、情報が無く、仕組み自体が、妥協により、温存され、情報開示も限定されているため、実態を正確に把握することはできない。米国系事業者は当初自ら積極的にかかる仕組みのVIPルームを設置する考えはなかったが、中国人VIP市場に食い込むためには、これらVIPルームやゲーミング・プロモーターの枠組みを間接的に起用せざるを得ない状況にあったといえる(2012年澳門全体でのVIPバカラの総粗収益は全体総粗収益の69.3%を占め~米国$換算で264億米㌦相当額となり、この過半をVIPルーム・コントラクターが支えていることになり、他に方法は無い)。尚2004年6月、特別行政区政府は、「法律第5/2005号」により、従来制度的には不明瞭ないしは違法であった行為を改め、①カジノ・ハウスがVIP顧客にチップ(デッド・チップと呼ばれる)で与信(クレジット)を与えること、②マカオにおいて賭博債権回収を強制執行可能な対象とすること、③顧客からの未回収債権を課税対象から控除できることを決定、これによりマカオではVIP顧客に与信を与えることが制度的認知されたことになる。これに伴い、VIPルーム・コントラクターが与信を与え、後刻債権回収を図るという枠組みを米国系事業者も積極的に活用せざるを得ない状態になったといえる(リスクと共に、ジャンケットに請負させることが可能になったからである。但し、かなり費用は高くなった)。この場合、施設の一部をVIPルームとしてコンパートメント化し、この運営の権利をVIPルーム・コントラクターに委ね、VIPを集客させ、クレジット付与・貸付金回収を委ね、収益を分配するスキームになる。SJM やGalaxy等は伝統的なこの方式を採用し、一つの事業者が数十社のVIPルーム・コントラクターを起用するという新たな仕組みにより、旧来の体制が温存され、再構成された。尚、物理的に部屋を区切る手法と共に、時間帯を区切り、実質的なVIPルームとしてしまうという手法も存在する。このVIPルーム貸しは、実質的にサブ・コンセッションを与える、権利の切り売りに近い内容になってしまう。この場合、関連しうる主体は、必ずしも完璧な清廉潔癖性が担保されていることが確認されていない。かつ規制や監視が完璧になされているわけではないグレーなカジノ事業者が乱立している構図に近くなってしまう。ここにマカオの制度の危うさが存在する。但し、主要なVIPルーム・コントラクターは香港市場で上場するほどに規模が拡大し、VIPルームとはいえないサテライト・カジノと呼称する一部施設を(コンセッションを受けたカジノ・ハウスの傘の下で)実質的に運営するまでに至っている。これらVIPルーム・コントラクターの運営はかなりの資金力を必要とし、その資金負担力や財政力等から判断しても、健全な主体も多い。但し、全ての主体の清廉潔癖性が検証されているわけではない。
巨大資本を得たVIPルーム・コントラクターは、資金負担力があるため、より高額のクレジットを顧客に与えることができることから、より良質の高額賭金顧客(ハイ・ローラー)を集客できる。この結果、一部カジノ・ハウスがコミッションを吊り上げ、優良ジャンケットを囲い込む動きが生じ、熾烈な過当競争が始まった。スタンレー・ホーの独占時代には0.8%であったローリング・チップ・コミッションは、1.35%にまでつりあがった(結果的にジャンケットの取り分が大きくなり、ハウスの取り分が削減される競争になったことを意味する)。この結果、特別行政府は、市場の保持を目的に、ジャンケットのコミッションに上限(キャップ)を設定することを提案するに至り、2009年8月に、「特別行政区行政規則27/2009号」を制定、経済財務長官が所管となり、同長官に対し、①ジャンケット・オペレーターに対するコミッション最高レート、その他報酬の最高額を規定する権限、②ジャンケット・オペレーターに対する支払い方法を定めることができる権限を授権した(この結果、コミッション上限は1.25%に設定され、違反の場合には、カジノの運営事業者に対し10万パカタ(米国1.2万㌦)から50万パカタ(6.35万㌦)の罰金が課されることになった)。
マカオの現在の繁栄は、皮肉なことながら、過去の遺制を引きずったシステムがいびつなまま残存していることに依存している。果たしてこれが持続可能性のあるシステムといえるかについては懸念の声もある。