ハイ・ローラーと呼ばれる高額賭け金VIP顧客は、現金をもって我が国のカジノに来るわけがない。通常の場合、一種の信用貸しとしてチップを融通し、後刻精算するという手順が諸外国のカジノ施設では慣行として定着している。何等かの形で彼らにチップないしは現金を融通する便宜を図らざるを得なくなるが、状況次第では極めて疑似的な金融行為ないしは金融行為になり、わが国では、制度上の課題をどう整理するかという問題が生じてくる。理論的には下記取引が想定される。
① VIP外国人顧客による海外でのフロント・マネー預託:
VIP外国人顧客が、カジノ事業者の外国支店・事務所ないしはその代理人に対し、現金、小切手、旅行小切手により一定額をフロント・マネーとして預託し、現金をもたずして、我が国のカジノ施設を訪問、フロント・マネーを上限として、その全てないしは一部をチップとして引き出し、残額がある場合は、後刻、帰国後何らかの手法で精算するオペレーションをいう。カジノ事業者が内部的に支店・事務所等と相殺したりする場合には、許可を必要とする為替取引になってしまう。フロント・マネーはあくまでも担保としての預かり金として、この資金を動かさず、別途当該顧客が来訪時、預かり金を上限として、同額までチップとして単純に貸し付ける考えであろう。勝った場合には退出時に全額精算、負けた場合には、帰国後送金精算することが基本である。
② VIP外国人顧客に対するクレジット・ライン(与信枠)設定、クレジット付与(与信):
VIP外国人顧客を対象として、当該施設内においてのみ、かつ特定のゲームに使用する目的をもってゲームに使用するチップを(無担保で)かかる外国人顧客に融通(与信)することをいう。実態の取引としては、かかる与信を欲する顧客との何らかの約定書に基づき一定の限度枠を設定し、チップを供与する時点でカジノ事業者がその一部をチップとして供与し、その貸付実行を別途何らかの書面で取り交わし、カジノ退出時に債権債務関係を確認し、後日精算することになる。この場合、顧客に対する与信リスク・取立て不能リスクはカジノ事業者が担う。顧客による申し込み時点での書類の内容と性格、カジノ退出時点での債権債務の確認に関する書類の内容と性格をどう制度上位置づけるかという課題がある。
上記取引を制度上どう把握し、わが国の法体系の下で位置づけるかに関しては、1)我が国における制度上の取り扱い、2)カジノ運営事業者にとっての規制上の負担、3)VIP外国人顧客にとっての利便性等の観点から慎重な検討が必要になる。下記が考えられるのではないか。
① カジノ事業者による内外顧客に対するチップを介在させた顧客に対する金銭貸付等の融通(与信)行為は、「貸金業法」上の資金業者とみなさず、かつその行為は「資金決済に関する法律」に基づく資金移動業者とみなさないことが適切であろう。これら法律が適用される行為になるか否かは実際に行われる行為如何にもよる側面があるが、その適用の在り方次第ではカジノ運営事業者の行動を複雑に規制するものになる可能性が高い。但し、これら法が規定した趣旨をカジノ管理委員会がその権限において適切に監督しうるものと判断すれば、法の適用を複雑にせずに、簡素化できる余地がある。
② 融通する資金は原則チップの形態を取り、カジノでの賭け金以外には使わせないことが基本で、かつカジノ場を去る場合、顧客が勝った場合には勝ち分により融通資金を清算する。全てを精算できず、貸付金が顧客に残る場合、お互いの債権債務を確認し、一定の支払い猶予期間内に、小切手ないしは送金で顧客に支払わせることになる。この場合の資金の融通は、原則カジノ施設内でこれに一定の無金利の支払い猶予期間が設定されると想定できる。カジノ事業者が付与する与信(クレジット)とは基本的にはカジノ事業者と顧客間における商業的な短期の資金の融通行為と見なすことができる。
③ 一方、外国に居住する外国人顧客に対し、外国で預託したフロント・マネーをもとに、同額を上限として、あるいはこれを上回るチップを本邦におけるカジノ施設で融通する場合には、その行為は、「資金決済に関する法律」に規定した資金移動業者のみに認められている為替取引に該当しうる可能性がある(融通されるチップは当該カジノでしか利用できず、当該カジノでチップを現金交換する場合には、一定の登録を義務づけ、この一定の証書がない限り、フロント・マネーの精算ができない仕組みにした場合、当該資金がカジノ場外にでることはない。勿論当該顧客がフロント・マネーを超える勝金を取得した場合には、超過分は外部に遺漏する。フロント・マネーは担保、カジノ場でのチップ融通は貸付とすれば、帰国後、フロント・マネーを全額返済し、その時点で顧客が銀行送金で別途カジノ事業者に振り込めば、カジノ事業者自身が為替取引に該当する行為をしたことにはならない可能性もある)。
複数の規制機関が同一カジノ運営事業者を複数の法律に基づき規制の対象にすることは仕組みを複雑にすると共に、カジノ運営事業者の行動を著しく拘束することになりかねない側面がある。現行法に基づき、カジノ事業者に対する適切な監督・監視・規制・報告等を含めた規定をおくことを前提に、「貸金業法」第2条第2号(「貸付を業として行うにつき他の法律に特別の規定のある者が行うもの」)の規定に基づき、カジノ事業者を貸金業から除外し、同法の適用を受けずに、カジノ管理委員会が類似的な規制の下にカジノ運営事業者を管理し、規制の下に置くことがより合理的な道筋になりうる。